今年、芥川賞を受賞した鈴木結生さんの記事が、『百万人の福音』(2025年11月・12月号)に載っていた。その内容の一部を、下記に紹介したい。
結生さんは牧師の家庭で育ち、幼少期から聖書をはじめ、西洋文学にはなじみが深かった。聖書通読を達成した経験から読書習慣が広がり、小学生でダンテの『神曲』を読み通すなど、西洋文学への関心を深めていったと言う。
「たとえばゲーテの『ファウスト』は、今読めば、キリスト教批判的な要素にも気づくけれど、基本的には旧約聖書のヨブ記だな、と。なじみのある世界観で、面白いなって単純に思えました。」
生まれは福岡県だが、結生さんの誕生後、父が牧師として福島県に赴任し、小学校五年まで郡山市で過ごした。父母も読書好きで、よく子どもたちに聖書や物語を読み聞かせ、その影響から結生さんも読書に親しみ、自らも絵本を創作するなどした。
小学校一年生の時、信仰告白となるバプテスマを志願。しかし、父は「一年間勉強しなさい」と止まらせた。
「それがよかったですね。聖書を読み、考えることが信仰者としては大事。家庭の環境要因は大きいけれど、その時間があったおかげで、僕は神様と自分の関係の中で、バプテスマに導かれたと思っています。」
福島では東日本大震災と原発事故を経験。外出がはばかれる中、教会は子どもたちに自由な場を設けてくれたという。その中で、司会進行や聖書説教を子どもたちがする「子ども礼拝」にも取り組んだ。
この記事を読みながら、鈴木結生さんは、幼少期から聖書に親しむことによって、物事を深く考える思考力や、人々の心に響く想像力や、人々に寄り添える共感力を身に付けることができたのではないか。それは、ひとりではできないことであって、親と教会の支えがあって、初めてできることであったのだろう。家庭では、日々聖書に親しみ、それも「律法の書」として「何々してはならない」と戒めとして読むのではなく、「福音の書」として「何々せずにいられない」と肯定的に読むことや、又、教会では、自由な居場所が与えられ、礼拝で奉仕する機会が与えられたことが、信仰に大きく役立ったことなど、上尾教会が取り組んできた「親子聖書日課」や「子どもと共なる礼拝」「子どもと共なる祈り会」にも通じるものがあると感じた。

