「いきいき幸齢者」─教会に生きる高齢者の豊かな姿

上尾市の9月号の広報の中に「いきいき幸齢者」という見出しで、年齢を重ね、それぞれの「幸せ」を見つけながら過ごすための元気の秘訣や暮らしの楽しみ方が紹介されていた。健康づくりに励む「康齢者」は、一日の終わりに「今日も健康に過ごせた」ことを幸せに思う。世代を超えて交流する「交齢者」は、世代が異なるからこそ、お互いを尊重し合い、協力しながら活動できる。伝統を未来へつなぐ「巧齢者」は、先輩たちが守り続けてきたこの伝統を、次の世代へ受け継いでいきたいと思う。好きなことに夢中になる「好齢者」は、沢山の人と巡り合い「自分の居場所がここにある」と、今が一番充実していて、幸せを感じる。

この「いきいき幸齢者」の4つの姿―康齢者・交齢者・巧齢者・好齢者―これは教会の高齢者そのものだと感じた。上尾教会で長年歩んでこられた方々の姿と、ぴったり重なる。年齢を重ねることは、ただ歳を取ることではなく、神の恵みを積み重ね、人生の味わいが深まっていく。教会には、その豊かさを体現している方が多い。

まず、「康齢者」。毎日の散歩や体操、食事の工夫を通して体を整え、「今日も健康に過ごせた」ことを神に感謝し、又、病や老いも「弱さの中で働く神の恵み」と受け取る姿は、神から与えられた命を大切にする信仰者そのものである。礼拝に足を運び続けるその歩みが、教会の皆さんの励ましとなっている。

次に、「交齢者」。教会では、子どもから青年、壮年、そして高齢者までが一つの家族として交わる。年齢が違うからこそ、子どもたちの成長を心から喜び、高齢者の歩みを思いやり、互いを尊重し合い、祈り合うことができる。高齢者の優しい声かけや静かな祈りは、若い世代にとって大きな支えとなっている。

更に、「巧齢者」。長年守り続けてきた信仰の歩み、礼拝の姿勢、奉仕の心は、次の世代へ受け継ぐべき宝である。教会の歴史を知り、信仰の物語を語り継ぐ高齢者の存在は、教会の土台を形づくっている。

最後に、「好齢者」。趣味や奉仕、学びを通して「自分の居場所がここにある」と感じられることは、教会の交わりの豊かさを示している。好きなことを通して人とつながり、喜びを分かち合い、「今が一番幸せ」と語る姿は、信仰の成熟した果実である。