日本バプテスト連盟の平和宣言は、「十戒」をベースに、平和を造り出す私たちの信仰生活の指標となっていると思う。その中で特に、「教会は戦争に役に立たない群れとして生きる」のフレ-ズが心に響いてくる。教会もそこに所属するクリスチャンも、少しでも世のため人のためお役に立ちたいと願い、また実践されている方が多いと思うが、こと戦争に関しては真逆なのだ。戦後80年、戦争を知る世代も、その体験を語る世代も年々少なくなっている。でも80年前の戦争で、日本では300万人の、アジア全体では2000万人近い犠牲者を出し、広島・長崎には原爆が投下され、沖縄の地上戦では20万人の犠牲者を出した事実は決して忘れてはならないと思う。
昔、藤山一郎という歌手がいた。彼の歌った『青い山脈』は戦後の青春歌謡の代表ともいえる。藤山さんは、プロの歌手は何時でもどこでも要請があるならばベストを尽くして歌うべきとの考えの持ち主なので、当然軍歌も歌った。一方で、同時期に活躍した淡谷のり子という歌手は自分の意に染まぬ歌は歌いたくないと、軍歌は拒否した。戦地へ慰問に行っても、ドレスで恋の歌を歌った。戦意高揚につながらないからと、当局からは睨まれたが、彼女の歌を聞いて涙を流す多くの兵士がいた。
21世紀の今でも戦争はなくならない。戦争は気づいた時には、もう始まっているとの声もある。いざそうなった時に、教会は戦争の役に立たない群れとして、私も戦争に役に立たない者として生きることができるのだろうか。戦時中の教会は、一部のクリスチャンを除いては戦争に協力したのだ。戦闘機の献金すら積極的にしたのだ。ドイツや韓国では平和のために命をかけて闘った人たちもいたのに・・。
「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。」十戒の第一戒をどのように受け止めるのか。天皇は神ではない。今、一個人として、一クリスチャンとして生き方が問われていると思う。世の流れに流されずに生きたい。淡谷のり子のように生きるには勇気がいる。しかし、できるだけ戦争体験者の声に耳を傾けること。平和の実現を求めて神に祈り続けること。戦争の役に立たない群れの一員であり続けたいと願う。
「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」マタイ5:9