今日も聖霊は豊かに教会に働く

本日はペンテコステ礼拝である。ペンテコステとは、教会が「始まった日」であると同時に、今もなお続いている神の働きを思い起こす日である。二千年前、弟子たちの上に降った聖霊は、歴史の中で一度だけ起こった出来事ではない。あの日から今日に至るまで、そしてこれからも、聖霊は絶えず教会を生かし、導き、整え続けている。私たちはその恵みのただ中に生きている。

聖霊は、目には見えない。しかし、教会の中で起こる「いのちの動き」を通して、その働きは確かに感じられる。祈りの中で心が開かれる時、弱さの中で支えられる時、互いの違いを越えて一つにされる時、そして新しい人が教会に加えられる時、そのすべての背後に、聖霊の静かで力強い働きがある。私たちが気づく時も、気づかない時も、聖霊は教会を息づかせ、前へと押し出してくださっている。

ペンテコステの出来事は、弟子たちが「恐れから解放され、外へ向かって歩み出した」瞬間でもあった。部屋の中に閉じこもっていた彼らが、聖霊に満たされ、大胆に福音を語り始めた。今日の私たちの教会にも、同じ聖霊が注がれている。私たちが互いに仕え合い、地域に向かって歩み出す力は、私たち自身の努力や熱心さから生まれるのではなく、聖霊が先に働いてくださる恵みから生まれる。

また、聖霊は「違いを一つにする霊」である。弟子たちがそれぞれの言葉で語り、聞く人々が自分の言葉で理解したように、聖霊は多様性のただ中に一致を生み出す。年齢の違い、性別の違い、性格の違い、それらはしばしば壁になるが、聖霊はその壁を越えて、私たちを「神の家族」として結び合わせてくださる。上尾教会が大切にしてきた「共に喜び、共に泣く」歩みは、まさに聖霊の働きの実りである。

「今日も聖霊は豊かに教会に働く」。この言葉は、私たちの希望の源である。教会の未来は、私たちの力ではなく、神の霊によって開かれる。小さな一歩も、静かな祈りも、細やかな奉仕も、聖霊が働いてくださる時、私たちの思いを超えて実を結ぶ。

ペンテコステを祝うこの日に、私たちは改めて、聖霊に満たされ、導かれ、遣わされる教会として歩みたい。そして、どのような時にも、聖霊が私たちのうちに働き、教会を新しくし続けてくださることを信じつつ、共に歩む群れとして前進していきたい。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。」使徒言行録1:8