今日、賛美する『空の鳥を見よと』(新生讃美歌140)は、加藤喜美子さんが札幌教会時代に作詞された。この賛美歌には、「空の鳥をよく見なさい。種を蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」マタイ6:26という主の言葉が溢れている。加藤喜美子さんはこの賛美に込められた思いを、「自分の思いわずらい、嘆き苦しみを主に語り、主に委ねて歩む時、神の装いの中に生かされていく喜びを頂き、自分からも自由にされました。今日も私に、神の守り育みの確かさ幸いを語りかけています。イエス様は語られただけでなく、自らを十字架にかけて死に、愛を貫かれたお方、十字架は2千年の歴史を罪の赦しを信じた者の心にたてられています。十字架による神の義と愛は、赦された者に喜びと力を与えて人生を歩ませてくださいます。」と語っておられた。
私は、この賛美歌を歌いながら、星野富弘さんの「花梨の実」という花に描かれた詩を思い出す。
毎日見ていた 空が変わった 涙を流し友が祈ってくれた あの頃 恐る恐る開いた
マタイの福音書 あの時から 空が変わった 空が私を 見つめるようになった
この「空が変わった」とは、実際に空の何かが変わったということではなく、空は今までと同じでも、その意味が変わったということである。今まではただの空だったのが、星野さんにとっては、私を見つめているように変わったというのである。
「けがをする前の私は、自分の努力で何でもできると信じ、宗教は弱い人が頼るものだと思っていたのですが、“これは、俺の考えている宗教とは全然違う”と思うようになりました。その時の私は、先が見えない日々に疲れきっていたのです。最新の医療でも治せなかった自分の身体。助けてくれる人なんているわけがない。それが正直な気持ちでした。しかし、聖書を読み返しているうちに、重い心の中に、温かい何かが湧いてくるような気がしました。それまで生きてきて、初めて味わう感覚でした。教会が一つもない村で、高校生だった私が、この聖書のことばに出会えたのは不思議なことだと思います。私が神様をまったく知らない時から、いずれ大きな苦しみに遭う私のために、このことばを用意してくださっていたのだと、深い感動を覚えました。あの時から、空が変わりました。私は独りではなく、空が、神様が見ていてくれると思うようになったのです。」(星野富弘)
私たちも 御言葉を聴くことによって、「空が変わった」という人生を歩みたい。
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